日本のオール藤原氏に疑問!
2025年 11月 29日
苗字のウンチクを私なりの解釈で説明。
日本人の総藤原氏に疑問です!
まことしやかに
力説してる方もいますよね。
ファンタジーならメチャ面白いけど
真実を語るなら少し飛躍しすぎ!
初めに、藤原さんをはじめ
〇藤さん!スミマセン。
勿論、私の親戚にも〇藤さんは
数人います。
なので!
決してディスってる訳じゃありません。
そもそも平民苗字許容令まで
公家・武家・名主(庄屋)・豪商以外は
苗字帯刀を公に許されてません。
その中でも公家は少なく
奈良から平安は150人~200人程度。
長らく治世が続いた江戸期すら
公家は138家と資料が残ってます。
公家、武家、名主、豪商で
人口の6%くらい。
華族すら427家→913家で
3000人程度とされてますね。
人口の0.01です。
まあ
宝くじ1等の確率0.000005%比べたら
もの凄く多い数字に感じますけど…^^
令制国に派遣された国司(官司)が
子孫を残し繫栄し増殖した説があります。
時代的にも
平均寿命が50歳にも満たない時代。
天災、飢餓、飢饉、争いが多発し
衣食住と医療が整備された現在と違い
生きるだけでも大変だと思います。
昭和ですら
現代人じゃ適応が怪しいですよ。
それくらい
人には文明の享受があります。
各国の王族なども見て下さい。
資源国家でも無い限り
王族の数は少ないです。
派遣された場所にも
豪族や住民が生活してます。
当たり前だけど
その人達も子孫を残したと考えるのが普通。
(数に勝る労働階級が多く子孫を残してる筈)
そうじゃなきゃ
誰が労働してたの?ってなりますよ。
現代でも
発展途上国やスラム街ほど
人口密度が高く子宝が多い。
その様な地域は労働力=人数なので!
(世界的に見ても労働階級は子沢山)
中国、インド、インドネシアの
人口爆増が記憶に新しいです。
スラム街だと
フィリピンの例が分かりやすいかも。
裕福だからと言い
子孫を多く残すとは限りません。
超上流階級って
一部の絶倫な歴史的偉人を除けば
子孫が少ない例も多いです。
貴族は酒池肉林で
子孫が物凄く多いと勘違いされてそう。
イメージが先行してますね。
そもそもが
貴族の結婚は一般人よりも大変。
現在に当てはめても
通じる部分があります。
自由恋愛とは程遠い世界ですね。
権力闘争や家督争いが頻繁に起こり
子孫断絶や減少した家が多いのも事実。
(史書で凄惨な事件や争いが頻発してる)
人類は
今よりも確実に動物的な生き方をしてました。
逆に自由度の高い地方豪族の方が
好き勝手出来たのでは無いでしょうか?
江戸時代までは公家だからと言い
必ずしも裕福だった訳じゃありません。
時代が成熟した
江戸後期~昭和初期に一気に増えました。
世界的に見て
その時期が1番の独裁時代ですね。
話を戻し、主に国司が活躍したのは
平安時代の390年間です。
鎌倉時代に実権が薄まり室町時代で形骸化。
奈良時代を入れても500年未満なので
案外、短期間だったのですよ。
トータルすれば武家政権のが長い。
特に日本統一の視点で考えると!
結局、苗字は
平民苗字許容令で好きなのを付けた。
更に平民苗字必称令で
苗字を付けてない人達も
義務化で付ける事に。
人間なんだから
少しでも見栄えを良くしようと思うのが
当たり前です。
それじゃ無きゃ
この世にブランドは存在しません。
お金もステータスも!
藤原家にあやかり
〇藤を付けたってのが現実的です。
恐れ多いから
藤原そのものを付けた人は少ないと推測。
藤原北家から派生した五摂家の
近衛・一条・九条・鷹司・二条も
苗字として極端に少ないです。
中には、〇〇の藤原氏だから
〇藤さんな人も極少数いるでしょう。
確かに!有名な一族なら
様々な資料や伝承から流れを追える。
(ある程度、アバウトにですけど)
最後に!
ルーツを調べるのには
戸籍が1番確実ですね。
江戸後期までなら
ほぼ確実に分かります。
(明治初期に戸籍制度が出来たため)
戸主の親に関する情報が記載されてる。
それ以外だと過去帳とかですね。
(墓石・墓誌)
更に
検地帳・宗門人別帳・由緒書・系図
古文書・藩政史・郷土誌・分限帳
旧土地台帳・兵籍簿・新聞などなど!
各種図書館で知れる事もあります。
公文書に記載されてたり
霞会館が公刊した出版物も
事実関係を知るのに良い。
歴史資料と住所が一致する事も!
夢を壊すような事を
散々、言いましたが
ロマンは大切ですよ^^ゞ
それと先祖が確実に公家、武家なら
藤原家の血筋が多少なり入ってますね。
(遠い先祖は皇室かも知れません)
諸大夫・大名・旗本↑なら
可能性は100%に近いです。
でも、ルーツより何より
自分自身で成功したいですよね!
by sirunodeai | 2025-11-29 03:00 | ∟なに言ってん?部屋

